第13回:「理解」

今回は「理解」について書きます。
生活の一部としてネット・ホームページ(HP)と毎日楽しんでいます。
又、ホームページで作り出す世界についてはかなり真剣に取り組み楽しんでいます。
しかし皆が皆そうとは言えないと思います。
こうしたネットやHPなどの事をよく理解してくれる人が回りにどれだけいるか?
この文章を読んでる方へ聞きます。
”ネットで遊ぶ事、癒される事を周りのどれだけの人が理解してくれていますか?”
まだネットがそう広大でない頃、少しこの話をした時は
やはり”偏った考え・偏見”があるように強く感じました。
こうしてこのNETと言う世界で話せばかなり強く理解してもらえる
それはお互いが同じようにこの世界を楽しんでいるからだと思います。
今私はこの事を理解してもらえる・・・そんな存在を求めています。
昔から有るけれど、やはりこの世界の話をして分かってもらえて
楽しく話ができたらまたこの世界を違った目線で見れるような気がします。
けれど現実はそう簡単ではないのだとただ実感するばかりです。
ちなみに私の近くにはそのような存在は居ません
こう求める事は変な事なのだろうか?そう自分に問う事も良く有ります。
そしてなにより”偏見の目”を見るのが一番辛く悲しい事で
逆に話をできないで居る事も事実だと思います。
以前一人だけ近くに居ました。
何の偏見も無く話を聞いて、楽しそうにして、真剣に考えてくれる
今思えばこの世界の事を話せる人が居ると言う事だけでかなり違ったと思えます。
後で気が付いても遅い・・・繰り返しですね。
その存在を求める事は自分が弱くなったのだろうか?とおも思えますが
逆にこの世界への想いが強くなったとも言えるような気がします。
これからその存在が現れるかどうかはわかりません
でも現れたら・・・そう思います。

これでこの話は終わりにしたいと思います。ありがとうございました。