| 第6回:「固まった心」 |
| 心はどこで出来上がるのだろう? 生涯色んな経験を積んで出来上がって行くのだろうか? しかし何処かで固まってしまう心もまた存在するのだと思う 私の心は12歳で固まった・・・ 当時身体が弱く、週に1度病院へ通う程で、同年代と同じように走り回ったりもできない それが悔しいと思った事は意外となかった ただ、羨ましかったのは事実 そんな生活の中でもう一つ羨ましい世界が有った それは家族・・・運動会や子ども会でどの親も笑顔で2人で来てくれる そんな経験を持たない自分にはそれがとても温かそうに見えた こう書くと両親が居ないように感じるかもしれませんが、両親はちゃんと居ます どんな状況でそうなっていたか?それは秘密です。 ただ、そんな世界が眩しくてそんな世界を避けてグランドの端っこに立っていました 誘ってはくれるのです「一緒にご飯を食べよう」って でも私には首をたてに振る事はできませんでした。 何故か?、それはその温かい世界の邪魔をしたくなかったから・・・ 私はあくまで1人で居て遠くから眺める事が唯一の楽しみで、 その温かさを感じれるように思えていたのです。 そんな生活の中で数回繰り返されたその暗い世界は私の心を蝕みました。 たとえ兄弟でも、親でも、親友でも、人は人を裏切り憎むのだと 大げさのように感じますね、ただその頃の私には十分そう感じれる世界だった 数回死んでしまば?そう考えた事もあります。 ただ死んでしまっては弟や母親はどうなるのだろう?と思えたから今が有るのかもしれません 子供にとっては大人になった今よりも死を簡単に受け止めれたように思えます ある意味悲しい事かもしれませんね。 温かい世界を遠くから羨ましく見つめ 近い世界にとても冷たく暗い世界が心を蝕む・・・ そんな空間で固まってしまった心は耐える事をあまり知りません 耐えようと考えてはおそらくすぐ心は壊れていたでしょう どうすればいいのか?その結論をその頃に出したのです 『耐えるのではなく、切り捨てればいい」と そして今でもその考えが根本でその上に経験した事が積み重なり私の心を作り上げています たまに言われます。 親から弟から「とても冷たい時や。冷たい目をしてる」と 無論自覚は無く、そこには12歳の私が存在してるのかもしれません。 そしてこんな事を書く私はきっと・・・ 12歳の心が救いを求めているのか? それとも忘れるなと呟いているのか? 最後に「死」と言う言葉を使いすみません もし気分が悪くなったりした方が居れば謝ります。 ただ、ここには偽りは無く私にとって真実の世界です。 最後まで読んでいただきありがとうございました。 |